ベルリン・スタートアップを支えるエコシステム・入門編

ベルリン・スタートアップを支えるエコシステム・入門編

bistream 西村健佑・武田誠

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スタートアップの誕生と成長に必要なエコシステムを備えるベルリン

 ドイツの、また欧州の多くのスタートアップにとってベルリンは最初の目的地だ。

ドイツは「隠れたチャンピオン(グローバルニッチ)」[1]と呼ばれる一点突破型技術で世界トップシェアを誇る中小企業が多くあり、もともと起業家精神のあるお国柄だ。一方で近年ベルリンがスタートアップシーンとして注目を集める背景には、これまでのドイツにはなかった新しいエコシステムがベルリンで生まれているからに他ならない。

 

 

 

 

 

 

スタートアップとエコシステム

 スタートアップの定義は色々あるが、ドイツでは以下の要件を備えているものをスタートアップと呼んでいる[2]

・創業から10年以内の企業

・自社の技術またはビジネスモデルが(とても)革新的である

・雇用者数または売上が飛躍的に成長している(またはそれを目指している)

 James Mooreは、エコシステムは「起業家間の共同を生む無形で効果的な鍵となる公共財」であり、オープンな「場(space)」と書いている[3]。これは「複数の企業によって構築された、(略)共通の収益環境」(デジタル大辞泉)よりも幅広い概念だ。

 

 ベルリンにはスタートアップに必要なすべて、すなわちコミュニティ、資金、人材、行政の支援が揃っている。これらが生み出す新しいベルリン版エコシステムの特徴を見ていこう。

 

ベルリンのエコシステムの特徴

 スタートアップのエコシステムがこれまでと異なるのは、それがITスペシャリストを必要とする点、国際的な成長を視野に入れている点、そしてそのための場「コミュニティ」が重要である点だ[4]

ベルリンは350万人が住むドイツ最大の都市であり、その歴史的な経緯から多様性を重視する文化が根づいている [5]。ドイツのスタートアップの16.8%はベルリンで生まれ、その数は毎年500社、74%が個人ではなくチームとして創業し、スタートアップの従業員数の平均は27.2人でドイツトップ、外国人の割合も47.7%でトップであり、79.8%のスタートアップで外国人が働いている[6]。これはスタートアップの半数がIT関係(SaaSIT/ソフトウェア開発、フィンテック、オンライン・マーケットプレイス)なことも関係がありそうだ。

Credit Shridhar Gupta@Unsplash

 

コミュニティ

 スタートアップの多様性を支えているのが「場」だ。その一つであるコワーキングスペースは単なる作業場にとどまらないコミュニティでなければならず、コミュニティ・マネージャーをおいているコワーキングスペースも多い。ピッチ等のイベントでネットワークを構築するだけでなく、日頃から会員スタートアップからなるコミュニティをケアすることに力を入れている。こうしたコワーキングスペースにはGoogle等の大手企業が出資しているものもある。

行政もスタートアップコミュニティ作りを支援しており、ベルリン市はデスクが10以上のコワーキングスペースのリストを公開している [7]。コワーキングスペースの利用料金のみならず、家賃も同規模の大都市に比べれば(現状は)安く、さらにはスタートアップ向けの起業パッケージをベルリン市が提供している。そうすることで起業の意志のある若者を世界中から呼び寄せている。

 

資金調達にも特徴

 ベルリンのスタートアップの特徴は外部資本の獲得にも表れており、例えばベンチャーキャピタルから資金を調達したスタートアップの割合は33.2%と2位のミュンヘン(15.5%)を大きく引き離している。またエンジェル投資家の支援を受けたスタートアップの数も39.3%であり、自己資本だけで設立したのはわずか15.6%のみ[8]だ。2017年の資金調達件数を見るとベルリンは233件でドイツ全体の47%を占める。総額ではなんと3分の2に相当する30億ユーロがベルリンのスタートアップに投下されている [9]

 もちろん、名のあるベンチャーキャピタルの多くがベルリンに拠点をおいていることが大きいが、一方でベルリン特有の起業文化も影響しているだろう。

 先に述べたドイツの「隠れたチャンピオン」には家族経営の企業が多く、有限会社として株式公開をしていない所も多い。外部資金を調達しないことで経営の独立性を保つことをよしとする文化がある。

他方で次々と会社を立ち上げては売却することで次の起業の資金を獲得するシリアル・アントレプレナーがおり、従来の中小企業とスタートアップではイグジット戦略が異なっている。特にベルリンではそれが顕著であり、連続起業家の数が半数を超える(55.9%)のはドイツではベルリンのみだ。

 

豊富な人材

ベルリンには11の公立の高等教育機関、30の公認の高等教育機関があり、70の研究機関も含めると20万人以上が勉強または研究を行っている[10]。アートやデザインを教える大学・高等専門大学も数多くあり、優れたUI/UXを生み出せる人材が世界中から集まっている。優秀なエンジニアもまた世界中から集まっており、野望を持つスタートアップは優れたグローバル人材を国外に求めずとも現地で見つけることができる。2017年のStartup Genomeによるエコシステム・ランキングでは、高度な人材の豊富さという項目でベルリンはシンガポールに続いて世界第2位にランクインした。ベルリンという街には人を惹きつけるだけの魅力を持っている。

 

人はなぜベルリンに集まるか

 スタートアップハブとしての都市の成長には、いわゆるベルリンモデルがある。

それは、家賃や物価が安いので最初に学生とアーティストがやってくる→次に起業家がやってくる→投資家がやってくる→大企業がやってくる→シリアル・アントレプレナーが誕生する→シリアル・アントレプレナーが投資家になり、次の世代の起業家を育てる、というサイクルだ。

若い芸術家や学生が最初にベルリンに集まってきたのは、90年代、そして00年代だった。当時のベルリンは失業率20%近くを「誇る」、周りのブランデンブルク州よりも失業率が高い、経済的にどん底の都市だった。家賃は安く、何を生業にしているのか不明な人も多く、なんでもありだった。「品格」や「お行儀」と言ったものはほとんど存在しなかった。その分実験精神や、奇をてらった行動様式、狂気やバカさと紙一重のパフォーマンスはふんだんに存在した。「New York is dead, London and Paris are too expensive」と言ってベルリンに00年代に集まってきたミュージシャンやアーティストもいる。経済的には荒廃し、自力でやっていくしかない街にはフリーランスがたくさん育つ。そもそもフリーランスというのはリスクを取る人たちだが、ベルリンの場合は雇ってくれる企業がないためリスクを取らざるを得なかったのだ。知恵を絞り、自力でなんとか生活の基盤を作る。海賊的で、クリエイティブなアイデアが生まれ、既存のビジネス秩序の外部で価値創造が行われる。

その自由さと斬新さ、大胆さに共鳴した起業を志望する者たちが各都市から流入してくる。それに目をつけた投資家がやってくる。続いて優れたテクノロジーやプロダクトを持つスタートアップに目をつけて、大企業が現金カバンを引っさげてやってくる。そして、成功して持分を売却したり、大企業にイグジットしたりして大金を手にしたファウンダーたちが今度は投資家になっていくところまで、ベルリンは一巡したのである。

今はそのサイクルが出来上がり、そのサイクルのさらなる加速を夢見て、優秀な人材がどんどんベルリンに流入してきている。それがベルリンの現在進行形だ。すでに地価は高騰し、生活物価も上がり続けている。ベルリンが旬なのも、あと何年続くかは分からない。

 

Credit Eloise Ambursley@Unsplash

 

ベルリンのエコシステムに所属することが一つのステータスに

ベルリンのコミュニティでは数多くのネットワーキングイベントが開催され、起業家、既存ビジネス、大学生などの起業家志望者、投資家が直接知り合う機会に事欠かない。スタートアップコミュニティの多様性と文化が、他地域にはないベルリンの特徴を作り出していると言える。そしてこのエコシステムに所属している事自体が一つのステータスとなっている。それは、「お金持ち」という意味でのステータスでは必ずしもない。お金の全くない起業家もたくさんいる。むしろそれは、「未来志向である」というステータスだ。

 

変化が早く、最新情報のルートはファウンダー同士

ベルリンのスタートアップシーンはここ数年めまぐるしい勢いで成長・変化を続けている。革新的なビジョンを持つ起業家が多いためか、最新のテクノロジーを投入し、荒削りながら全く新しいビジネスモデルに挑戦するスタートアップがどんどん生まれている。そのため、数年前の情報はもうほとんど役に立たない。また、ロンドンなどに比べると、シーンの透明性が低く、小さな、しかしディープなコミュニティが多数割拠しているため、外から得られる情報には相当限りがある。ベルリンのスタートアップシーンを深く理解するためには中に入り込む以外に方法はないと言える。最新かつ最も正確な情報を得るソースはスタートアップのファウンダーたちだ。ファウンダーは投資家に関する情報も互いにシェアし、相互に助け合っている。一番情報が集まるファウンダーたちは、自分のビジネスに突出しているだけでなく、ファウンダーのコミュニティ、スタートアップのコミュニティに自ら貢献するタイプの人たちだ。古今東西を問わず、今日のベルリンでも、情報の質と伝達スピードの底にあるのは、信頼という最大の帯域を持つオフラインの「ワイヤー」である。

(おわり)

 



[1] WirtschaftsWocheによれば、ドイツには12001500社のニッチ市場で世界トップシェアを占める企業が存在する。(https://www.wiwo.de/unternehmen/mittelstand/hannovermesse/hidden-champions-das-sind-deutschlands-geheime-weltmarktfuehrer/20883700.html

隠れたチャンピオンの提唱者ハーマン・サイモン氏の著作では『グローバルビジネスの隠れたチャンピオン企業』が邦訳されている。

[2] Tobias Kollmann et.al. 2017Deutscher Startup Monitor 2017

[3] James F. Moore2005年)『Business ecosystems and the view of the firm』、The antitrust Bulletin/Fall 2005

[4] Tobias Kollmann et.al. 2017Deutscher Startup Monitor 2017

[5] 武邑光裕氏の『なぜベルリンがスタートアップの聖地になったのか?』(ダイアモンドオンライン)やWiredでの連載『ベルリン見聞録』を参照。

[6] 以下、特に注釈がなければ数値はGoogle Company GmbH2018年)『Berlin Startup Monitor』より引用。

[8] Tobias Kollmann et.al. 2017Deutscher Startup Monitor 2017

[9] EY2018Start-Up-Barometer Deutschland

[10] https://www.berlin.de/sen/wissenschaft/einrichtungen/hochschulen/ (最終アクセス2018630日)